December 2, 2009
いきなり画面のビジュアルデザインを作るのはよくないといわれますが、それよりもよくないのは利用シミュレーションをしないこと
December 1, 2009
我々のアプローチは、まずレーザー光線のように的を絞って、できるだけ少ない製品で、できるだけ多くの顧客を獲得しようと発想します。そのように開発する製品を絞り込むことで、我々は社内にあるすべてのリソースを、その絞り込んだ商品ラインアップが最高のものに仕上がるよう、集中投下できるのです。これこそが、フォーカスすることの利点です。
「肉と魚は冷凍ができるけど、生野菜は冷凍ができない! 大資本は肉や魚を大量に仕入れることによって価格を抑えられる。そして倉庫に冷凍しておくわけだ。でも、野菜は冷凍できないから肉や魚のように、規模の経済が働くほど大量に仕入れることはできないんだよ」
質疑応答や懇親会の席などでわかったのですが、佐々木さんのタスク9000個というのは、正直キモイわけですが、私のデジカメ写真はとにかく全部flickrにつっこんでいるので5万枚近い写真がflickrにあるというのも充分キモイわけです。 同時に堀さんのアプリ紹介50連発もキモイし、コグレさんのなんでもブログ化するというのもキモイわけです。 つまり、みんなそれぞれキモイが、結局それぞれの個性のポイントになっているわけです。キモイ部分のない人なんて、つまらないってことですね。

第2次世界大戦中、統計学者のエイブラハム・ワルドは、敵からの攻撃に対する戦闘機の脆弱性について調査していた。入手したデータはいずれも、ある部分の被弾頻度が他の部分のそれより過度に多いことを示していた。

当然、軍関係者は、この頻度の多い部分を補強すべきであると結論した。しかし、ワルドのそれはまったく正反対のものだった。いわく、最も被弾の少ない部分を補強すべきである。

彼の意見は、データに内在する選択バイアスを踏まえたものだった。得られたデータは帰還した戦闘機のものばかりである。ワルドは次のように推論した。

致命的な部位に被弾した場合、帰還できる可能性は低くなる。逆に、被弾しても帰還した戦闘機は、そのような致命的な部位を攻撃されたのではなかったと考えられる。

それゆえ、ワルドはこのように主張した。被弾に耐えて帰還した戦闘機の傷んだ部分を補強しても何の効果もないと。

シロクマ日報 > 生還した戦闘機 : ITmedia オルタナティブ・ブログ

やっぱあれか。「このソフトを使えるようになったユーザ」に改善点を聞くより実は「使うのを諦めたユーザ」に聞く方が本当はいいとかか。

(via raurublock) (via yuco) 2008-09-30 (via gkojay)
November 30, 2009
データで判断する人なら、「毎日売り切れるのだから人気商品だ」と思うでしょう。「もっと売れるはずだ」と、発注数を増やすかもしれません。でも、現場で売っている人にしてみれば、「本当は売れない商品だけど、仕方なく一生懸命、やっとの思いで売り切っている商品」かもしれないのです

2009年11月 - 「ビジネスブックマラソン」バックナンバーズ (via nakano)

こういう感覚は忘れてたわ。20代の頃、アパレルの営業やってたときは、百貨店本部の数字も現場(店頭)も見てたから、自然とこういう風に立体的に考えることができていたな。

(via nakanohajime) (via szdfggg) (via noboko) (via etecoo)
tatsukii:


Man, We’ve Come a Long Way From Floppies - Storage - Gizmodo
ストレージの進化を音楽、写真、容量で可視化。

tatsukii:

Man, We’ve Come a Long Way From Floppies - Storage - Gizmodo

ストレージの進化を音楽、写真、容量で可視化。

人を思いやれというのでも、空気を読めというのでもなく、単に少しもったいないなぁと思う。人より抜きん出ていることは妬みを引き起こさずにはいない。少し自分のものを周りに与えてしまうくらいの気持ちを持つとか、周囲に気を配っているフリ(というと言い方は悪いけど)を覚えたほうがいい。

これは、押しの強さでは随一のボスが日頃「バカなフリができないとだめだ」と言っていることにも通じます。周囲を納得させて、自分も自分のやりたいことをやる。そのためには、純粋に「自分はできないからもっとやる」と突き進むだけではなくて、「できる」と見られていることを自覚して、気を配ることが必要ではないか。

日本的と言えば言えます。ただ、そういういわゆる政治力(これも言い方が悪いですが)みたいなものがあれば、もっと上に行けるし、もっと好きなことができると思うのです。この学生がボスだとかそういう存在になろうとは思っていなくて、生涯一研究者でいいやと思っていたとしても、やっぱりある程度うまく周囲に説明しながらやる方法とか、周囲を巻き込む方法とか、が必要でしょう。

特にこれからは、研究者どうし一人一人で足をひっぱりあってもしょうがない。どれだけ、協調して科学の面白さをわかってもらって、お金を得て、好きなことをするか。そのためには、身につけておいた方がいい知恵というのもあると思うのです。押しの強さとのバランスはとても難しいですが。

tatsukii:


つれづれ日記: よい子はまねしないように!

“ガラス瓶のマジックインキは、アルコールのインクをフェルト芯で吸い上げているので、アルコールランプとして使うことが出来ます。
[snip]
黒い煤がすんごくでるけど(すごく体に悪そうなので吸わないように!換気には気をつけてください。あと、天井も注意)。

火を消すときは、理科の実験を思い出して斜め横からキャップをかぶせます。”

tatsukii:

つれづれ日記: よい子はまねしないように!

“ガラス瓶のマジックインキは、アルコールのインクをフェルト芯で吸い上げているので、アルコールランプとして使うことが出来ます。
[snip]
黒い煤がすんごくでるけど(すごく体に悪そうなので吸わないように!換気には気をつけてください。あと、天井も注意)。

火を消すときは、理科の実験を思い出して斜め横からキャップをかぶせます。”

「キモイ」という言葉を用いる人間は、自覚的あるいは無自覚に、マジョリティを代表して発言しているんです。そもそもの論争の発端となった「晒し」の問題なんかは正しくそうで、マジョリティがマイノリティを集中砲火するという構図、そういった構図を作り出そうとするバイアスがこの言葉には含まれています。これは生理的嫌悪をマジョリティ内で共有しようという思想、もしくは悪意を数の力で正当化しようとする思想です。ええ、最低ですね。